2012年01月22日

『Kの夜話』(12)

『Kの夜話』(12)

     如月マヤ

「あーあ、あのときは、うまい言い訳を考えたつもりだったんだけどな」
 Kが苦笑すると、米原は「お前の場合はわかりやすかったからな」と言って、にっと笑った。
 米原と親しくなった頃、Kはふと思い出して、あの事件のとき、なぜ自分に隠し事があるとわかったのか尋ねてみたのだ。それに答えて、現場を見て推測したと説明する米原は、得意げでも自慢げでもなかった。自分の方が優れていると見せつけるため、相手を言い負かすための説明ではない。米原にとって、説明は説明だ。それ以外の意図はない。あの日Kが見た、米原の透明さのゆえんだった。わかりやすかったと米原に言われて、その口調と笑顔に友情を感じこそすれ、ばかにされたとKが感じないのは、Kもまた米原と同じく、他人と優劣を張り合う意識が自分の目を曇らせることを知っているからだ。それでは目の前にあるものが見えなくなる。米原は警察官という職業柄のため、Kは余計なものが見える目のせいで、二人とも同年代の者より多くのものを見てきた。そして、これからも見ることになるだろう。世の中には見ないではすまされないものもあり、見たくなくても見なくてはならないものがある。何を見ることになっても自分の目を曇らせてはならないことを、Kは米原の透明さから学んでいた。

 鶏肉が片づけられた後の駐車場には、荷物を吊り上げるフックと、破れたビニール袋が残されていた。笠岡が冷凍肉以外のものはそのまま残しておいたのだ。現場保存を考えてのことではない。こうしておくことで、会社側には事件の責任がないと警察のお墨付きが欲しかったのにすぎない。人肉と思われる肉片の発見は偶然のことで、この会社には、青天の霹靂であるこの件に何の責任もない。そのことはこの現場が証明している。笠岡は警察にそう言ってほしかったのだ。
 篠崎が笠岡の話を聞く傍らで、米原は自分もメモを取りながら、横目でそのフックをじっと見つめていた。何かが変だ。
 フックは地面の上に、横倒しになっている。笠岡からの聞き取りによると、第一発見者のKという社員は、この上に冷凍肉の袋を落としたそうだが。その拍子にフックの先端に袋が刺さったのだろうか。フックは、そのまま地面に置いてあれば横倒しになる。フックの先端が上に向いていないのに、袋が刺さるなり引っかかることがあるのだろうか。冷凍肉の重さは? 袋の大きさは? それらの条件が重なって、袋の一部がフックの先に刺さったか? それはどんな条件下でなら成り立つのだろうか。
 笠岡からの伝聞によれば、第一発見者が袋を拾い上げたときに、フックの先で袋が破れたのだという。このフックは、それほど重量があるものなのだろうか。引っかかった袋が引っ張られたとき、一緒に動かないほどに重いのか? どれくらいの力で瞬間的に袋を引っ張れば、フックが固定されていなくてもビニール袋は破れるだろう? それにこのビニール袋は、業務用の量を入れる厚手のものだ。袋にキロ数が印刷されているが、骨付きのぶつ切り肉が、しかも凍って不安定にごろごろしていたとなると。その重さであっても、落としてフックに刺さるなり、引っかかったりするものだろうか。
 すべては偶然の条件が重なって起こった出来事なのか? では仮に、これが偶然の出来事でなかったとしたら、何が考えられるだろう。
 第一発見者が故意に袋を破ったという可能性はどうだ? 何かのストレスで突然かっとなったとか、会社への嫌がらせだとか。そしたら、偶然異物が発見された。第一発見者が、人肉と思われる肉片を自分で混入したとは考えにくいからな。会社への嫌がらせだとしても、まず最初に自分が疑われるようなことはしないだろう。もし本人の仕業なら、異物と関わった経緯やそれを露見させた行為の点で、第一発見者には特異性があるということにもなる。それは本人に会ってみて考えよう。それに、袋に印刷されたキロ数と、集められた肉全部の重さを照合すれば、問題の肉片が最初から混入されていたのか、後から加えられたのかわかる。第一発見者が混入させて、キロ数を合わせる工作をしたのだとしても、それは犯人と断定された後に事情聴取で明らかにすればいい。
 今はまだ、俺が感じた不自然さに、あらゆる可能性を考える必要がある。それには見方を変えなければ。

 冷凍肉の袋が偶然フックの先に引っかかり、拾い上げたときに袋が破れたというのは、偶然にしては考えにくい。それが偶然でないとしたら、おそらく第一発見者が意図的に袋を破ったことになる。何らかの理由で袋を破ったら、たまたま異物が混じっていた、というのも出来過ぎた偶然としてないこともないだろうが。意図的に袋を破った理由が、ストレスや嫌がらせじゃなければ、ほかに何が考えられるだろう。袋を破る必要があったということか。 なぜ?
 もしかしたら……。問題の肉片を見つけたことそのものが偶然の出来事だとしたらどうだろう。それが事の発端だとしたら。 異物を見つけ、それから後のことが意図的に行われた。これなら説明がつく。第一発見者は、冷凍肉の中に人肉らしきものを発見したんだろう。確かめるためにフックを使って袋を破った。そして、上司に知らせる……。いや、これでもまだおかしい。
 どうしてそのまま伝えなかったんだ? 袋の中におかしなものが混ざっていると言えばすむのに。なぜ袋を破る必要があったのだろう。このビニール袋……。厚手で冷凍されていたなら、やや半透明だったはずだ。けっこうな量の骨付きのぶつ切り肉が、冷凍でごろごろしている。その状態で、出がけの忙しいときに、中身の一個だけの異常を見分けられるのか? いや、おそらく無理だろう。じゃあ、この社員は、なぜわかったんだ? そうか。そこが、俺の感じた不自然さの原因だったんだ。それに、袋が破れたのが偶然ではなく、意図的に破ったのなら。袋が破れて中身が出たから気づいた、という形で異物の混入を知らせたということは、つまり、なぜこれが異物だとわかったか、あるいはなぜ異物が混入されているのを知っていたか、どちらにしろ、その理由を隠したかったということになる。ここだ。ここが不自然さを解く鍵になる。
 あとで本人に聞いてみればいい。この質問で本人が話をそらすようなら、この推測が当たっていると見ていい。裏にある他人の犯行を知っていてのことなら、怯えや緊張が態度に出るだろうし。本能的に話をかわして逃げようとするなら、他人につつかれては困る個人の理由を隠していることになる。事件と関係ないとわかれば、個人の事情を俺が追求することもないがな……。
 これが米原の考え方だった。

(続く)
posted by まやちんの友達 at 08:36 | Comment(15) | 「Kの夜話」 | 更新情報をチェックする